放送日: 2023-06-17 史跡

白い鳥が導いた隠れ里――南大隅町佐多辺塚に残る平家落人伝説を訪ねて

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番組名:歴史の散歩道


「もし、800年以上前の逃亡劇の痕跡が、今も静かに残っている場所があるとしたら、あなたは訪れてみたいと思いませんか?」

鹿児島県南大隅町佐多辺塚(さたへつか)は、背後には深い山々が迫り、静かな川が流れる。そのたたずまいは、まるで人里離れた「隠れ里」です。そして、この集落には、平家の落人がたどり着いたという伝説が今も語り継がれています。

パーソナリティのジェットさんも、現地を訪れた第一印象を「まさに秘境、隠れ里という雰囲気」と語っています。
そんな佐多辺塚には、平家の落人が京都から逃れてきたという伝説が残されています。ところが、話を掘り下げていくと、単なる昔話では片づけられない不思議な痕跡が見えてきました。

一冊の小さな冊子から始まった

今回、現地を案内してくれたのは、大隅史談会の瀬角龍平さんです。
きっかけは、垂水市立図書館で見つけた「辺塚の歴史」という小さな冊子でした。
瀬角さんが佐多辺塚の歴史を調べていると、そこに「石碑がある」という記述を発見。実際に現地へ足を運び、見つけたのが「村山家先祖累代の墓」でした。

佐多辺塚-村山家累代の墓

この墓は幕末の安政6年(1859年)に建てられたもの。碑には村山徳盛という人物が、自分の先祖を探し出した経緯が記されています。
昔の村山家の墓をひとつひとつ探し、「ここが私の先祖の地なのだ」と確認し、それらをまとめて墓石を建立したというのです。
そして、その墓石に刻まれていたのが、驚くべき一文でした。
「吾が宗祖、建久中、洛より来たり」
この記述から、瀬角さんは12世紀末、つまり平安時代末期から鎌倉時代初頭に、この地へ移り住んだことを読み取ります。

佐多辺塚-村山家累代の墓

承――白い鳥に導かれた一族

伝説によれば、平家の落人たちは京都から逃れ、まず現在の宮崎県串間市方面へ流れ着いたとされます。
しかし、そこでも追われる危険を感じ、ある夜、港を出てさらに南へ向かった。
その船を先導したのが、一羽の白い鳥だったといいます。
そしてたどり着いた場所が、佐多辺塚。
深い山と海に囲まれたこの土地なら、追手から身を隠すには十分だったのかもしれません。
さらに興味深いのは、村山家がこの地域で単なる一集落の住民ではなく、地域の有力者として存在していたことです。
その後、村山家は禰寝氏の家臣団の一員となります。そして近世になると禰寝氏が移封されたことに伴い、一部の村山家も別の土地へ移っていったと伝えられています。
こうして見ると、佐多辺塚に残る伝説は、一つの物語ではなく、土地に暮らした一族の長い歴史と重なってきます。

「伝説」から「事実」へ?

ここで、番組中にあやみさんが思わず口にした言葉が印象的です。
「これはもう、平家の落人伝説じゃなくて、これはもう事実じゃないかなと、確信に近いものを得ました」
もちろん、石碑だけで平家落人伝説のすべてが史実だと断定することはできません。
しかし、村山家に伝わる話、先祖累代の墓、そして近くにある辺塚神社。その一つひとつをつなげていくと、伝説を生み出した背景が少しずつ見えてきます。
辺塚神社の祭神についても、元々ははっきり分からないとされていたものの、宮崎県串間方面とのつながりを感じさせる話が伝わっています。

佐多辺塚-辺塚神社の説明版

実際に神社へ向かう道には小さな橋があり、その先に神社があります。周囲を流れる川と山の風景は、どこか京都を思わせる静かな雰囲気。
「なんか雰囲気が京都っぽい」
あやみさんとジェットさんが、そんな感想を漏らすのも無理はありません。
さらに瀬角さんは、肝付町の大浦や荒西山(あらせやま)、大原という地名にも注目します。
京都の嵐山、大原を思わせる地名が残っていることから、「京都から逃れてきた人々が、故郷を思いながら地名をつけたのではないか」という興味深い仮説も語られました。
「もっとここに行って、もっと調べてみたいですよね」
その言葉には、郷土史を調べる面白さが凝縮されています。

佐多辺塚-辺塚神社

伝説の先にある「人」を訪ねる

平家の落人伝説は、全国各地に残っています。
しかし、伝説を「昔から伝わる話」として終わらせてしまうのは、少しもったいないかもしれません。
なぜ、その土地に伝説が残ったのか。
なぜ、その家には特定の祖先の物語が伝わっているのか。
そして、なぜそこに、その石碑や神社が残っているのか。
佐多辺塚では、そんな疑問を一つずつたどることで、1000年近く前の人々の移動や暮らしに想像を巡らせることができます。
今回の取材を通して見えてきたのは、「平家の落人が本当に来たのか」という答えだけではありません。
むしろ大切なのは、長い年月を経てもなお、先祖の記憶を守り、石に刻み、語り継いできた地域の人々の姿です。
もし佐多辺塚を訪れる機会があれば、村山家先祖累代の墓や辺塚神社を実際に歩いてみてください。
地図を片手に地名を探し、石碑を眺め、土地に残る言い伝えに耳を傾ける。
すると、いつもの観光とは少し違う「歴史の旅」が始まるはずです。
伝説の真偽を追うだけではなく、「なぜこの物語が、この場所で生まれ、今まで残ってきたのか」。
そんな視点で歩いてみると、南大隅の山と海が、これまでとは違った表情を見せてくれるかもしれません。


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